2017年




ーーー3/7−−− サンドペーパーは刃を傷める


 
テレビのワイドショー番組で、まな板のことを扱っていた。木のまな板は、切るときのトントンという音が魅力的だなどと論じ合った後、まな板の使い方に関するアドバイスがあった。まな板は使ううちに中央が凹むが、そうなると包丁の当たりが悪くなって切残しが生じるようになる。それを防ぐため、ときどきまな板を平らに直した方が良いが、サンドペーパーを使えば簡単に出来るとのコメントが有った。それを聞いてギョッとした。

 木工家具製作では、加工の最終段階でサンドペーパーをかける。いわゆるペーパーがけである。塗装をする前に、木材の表面を整えることが目的である。このペーパーがけは、それを越えたら後に戻れない最後の一線であるという認識が、私を含め、木工に携わる者にはあると思う。ペーパーがけを施した材面には、刃物が使えないからである。

 刃物が使えないというのは、刃物を傷めてしまうという意味である。ペーパーをかけると、砥粒が材面に食い込んで残る。それが刃を傷める原因となる。鉋でも、鋸でも、木ヤスリでも、はたまた電動工具の刃物でも、一度ペーパーをかけた面に使うと、いっぺんに刃が切れなくなる。それほどサンドペーパーの砥粒は硬いのである。

 やむをえず例外的に、鉋や小刀を使う場合もある。そういう刃物は、自分で研ぐことができるからまだ良い。鋸や電動工具の刃物は、研磨業者に出さなければならないから、要注意である、木ヤスリなどは、再研磨が不可能であるから、絶対に使ってはいけない。

 自分でペーパーをかける場合のみならず、購入時点でペーパー処理されている材、例えば合板を切る場合でも、同様の注意が必要である。丸ノコやバンドソーの刃は、合板専用のものを決めておく。その刃に、いわば犠牲になってもらい、切れ味が悪くなっても頑張ってもらう。

 ところで、伝統的な技として、木賊(とくさ)を研磨に使う方法がある。植物の木賊の茎を開いて平らに乾燥させたもので、木材を擦って磨くのである。サンドペーパーが登場する以前の時代では、もっぱら木賊が使われていたようである。ものによっては、かなりの研磨効果があると聞いたこともあるが、木賊の利点はそれに留まらない。木賊は材面に何も残さないので、その後に刃物を使っても傷めないそうである。木賊も植物だから、木材との相性が良いのは当然なのだろう。




ーーー3/14−−− ベルト・サンダーという工具


 サンダーという名称の電動工具がある。サンドペーパーを取り付けて、モーターの動きで板の表面を研磨する道具である。私がこれまで使ってきたのは、オービタル・サンダーという、比較的小型の、普及品であった。モーターの振動で小刻みにペーパーを動かし、研磨力を生じさせる仕組みのものである。

 広葉樹を使う木工家具製作では、鉋などの刃物で材面を加工した後に、サンドペーパーをかけて滑らかに整え、最後に塗装をする。ペーパーがけは、基本的に手で行なう。平面を磨く際は、手の平サイズの板を裏当てとして使う。しかし、大きな平面を手作業で磨くのは手間がかかる。そこでサンダーの登場ということになる。

 先日、ベルトサンダーなるものを購入した。リング状のペーパーが、キャタピラのように回転して、材面を削るものである。その研磨力は、まさに削ると呼ぶに相応しい。すごいパワーである。これまで使ってきたオービタル・サンダーと比べると、サンダーという名称は同じでも、別の目的のために作られた感じがするほどである。

 この道具を、過去にも数回使ったことがあった。持ち込まれたテーブルのリニューアル、磨き直しに使ったのである。旧い塗装を剥がすには、手作業はもちろん、オービタル・サンダーでも手に余る。知り合いの工務店に相談をしたら、ベルトサンダーを貸してくれた。初めてその強引なほどの研磨力を体験した。以来、同様のケースが生じるたびに、借りて使ってきた。

 このたび、ある注文で、集成材のような構造の、巨大な甲板を製作した。それに鉋をかけるのは、大ごとであるように感じられた。そこで、ベルトサンダーで削ることにした。借り物では時間が自由にならないので、購入することにした。

 鉋がけをせず、いきなりベルトサンダーで加工するという方法を、その工務店のオーナーから何度と無く聞いていた。ペーパーの番手を荒いものから細かいものへと順次変えながら材面を削り、最終的にはピカピカな状態にまで仕上げるという。「鉋がけが省けて、ラクですよ」と言った。そりゃあラクだろうが、仕上げの精度はどうですかと問うたら、従来の方法と比べて、全く遜色が無いと言う。「自分はベルトサンダーに関して、特別の才能があるようだ」とも言った。

 特別の才能と言うのだから、誰でも同じように出来るわけではないのだろうか。リニューアル加工ならさておき、新品の作品を作るに当たっては、その点が気に掛かった。ともかくトライしてみることにした。試しの材を削ってみたら、やはり多少のコツがあり、注意深く作業をしなければ、材面にささいな傷や乱れが生じることが分かった。しかしそれは、熟練によって克服できるレベルの問題であると思われた。

 本番の材は、まず裏面で試し、上手く行く感触を掴んだ上で、表面を削った。集成材の各ピースの接着境界に出来ている微小な段差が、瞬く間に平らになった。慎重に作業をしたので、仕上がり精度も良好だった。

 鉋がけという作業は、いわば木工家の腕の見せ所である。私も、自分の仕事の領域においては、十分な技量があると自負してきた。そういうプライドもあって、鉋がけを行なうのが正統派のやりかたであり、それをサンダーで置き換えるのは邪道だという気持ちがあった。それに共感する木工家も多いだろう。鉋で削らなければ、最終的な仕上がりに差が出ると言い切る人もいる。しかし、どうせ最後はペーパーがけをするのだから、前段階で何を使おうと同じだという意見もある。

 さりとて、伝統的な技法に固執してばかりいては仕方がないとも思う。鉋がけが腕の見せ所であっても、別の道具の方が能率が良く、仕上がりの品質も変わらないのであれば、鉋を使う必要は無い。手鋸の技がいくら自慢でも、電動丸ノコを使わない職人は、もはや宮大工でもいないそうである。

 手道具を使う事に精神的な意義を求めるなら、話は別である。そういうこだわりも、文化的には大切だと思う。一方、職業人として優れた作り手は、概して最新の便利な道具に対して貪欲で、積極的に使う、ということも事実である。

 ところで、ベルトサンダーは、キャタピラのような構造だから、作業中にしっかりと保持しないと、前方へ進もうとする。スイッチを入れてロックしたまま、うっかり手を離したら、勝手に動き出し、電源コードが延び切って抜けるまで、走り続けるだろう。

 以前、米国の木工雑誌のトピックス欄で見た記事を思い出した。ベルトサンダーのレースに関するものだった。レースと言っても、本来の性能を争うものではない。ベルトサンダーを走らせて、スピードを競うのである。なんというおちゃめな発想だろうか。それにしても、たくさんの人が集まってレースをするのだから、この道具が根強く定着していることが伺えた。

 その記事は、かなり前(1997年)のものであった。今ではどうかとネットで調べたら、さらにエスカレートしていた。サンダーに人が乗って、レースをしている動画があった。




ーーー3/21−−− 浄化槽の検査


  トイレの浄化槽は、年に4回、浄化槽組合による保守点検が行なわれる。その検査を受けるたびに、記録票の写しを渡され、保管しておいて下さいと言われる。将来何かの役に立つかどうかも分からない書類なので、決まった場所にきちんと保管するという習慣が無かった。ほとんどは、どこかに紛れ込んで、行方知れずとなっている。

 先日、長野県浄化槽協会というところから書類が届いた。法定検査を実施する旨の通知で、予定日が書かれてあった。そして、過去の保守点検の記録を、当日準備しておくようにと書いてあった。

 ちょっと探したが、見付からなかった。協会へ電話を入れて、記録は紛失したがどうしたらよいかと聞いた。すると、記録が無い場合は、「保守点検記録を確認できず」という扱いになると言われた。また、どの組合を使っているか分かれば、コピーを取り寄せるという方法もあるなどと、あまり良く分からない返事だった。そして最後に、「三年間保管することになっているので、これからはちゃんと取っておいて下さい」と言われた。

 ちょっと不安感を抱いたので、本腰を入れて探してみた。昨年の3月の検査の記録一枚だけが見付かった。その紙に、組合の電話番号が書かれていたので、電話を入れて、記録のコピーをもらえないかと聞いてみた。すると可だと言うので、翌日豊科に出かけるついでに、事務所へ寄って貰って来た。一年分で良いはずだということで、用意されたのは昨年の春以降の三枚だった。自宅へ戻ってから、念のため協会へ電話をして、記録を入手した旨を連絡した。

 法定検査の当日、現れた作業員は「ご連絡を頂いたそうで」と恐縮した様子だった。そして、法定検査について、従来は個人住宅まで手が回らなかったのだが、最近は厳しい管理が求められるようになり、順次個人住宅も回るようになった、との説明があった。組合が実施した保守検査の記録を差し出すと、これが無いと、車で言えば車検証が無いようなものだと言われた。しかし、過去に法定検査を受けてない家庭がほとんどなので、記録を保管する必要性の認識が低いのは仕方のないことだと思うとも言った。実際に記録が無ければ、どういう不利が生じるのかについては、触れなかった。

 対応した家内から聞いたところでは、ひと通りの検査をした後、異常は無く良好な状態だと言われたとのこと。10人分の容量がある浄化槽を、現在は二人だけで使っている。だから良好なのも当然だとは思うが、二人とも一日中家にいるので、その意味では利用頻度は高いとも言えるそうだ。

 強い薬品などを使う家庭は、浄化槽の状態が良くない事もあるらしい。薬でバクテリアの活動が阻害されるからだろうか。「お宅はとても良い状態だが、それはご家族が健康に暮らしている証拠ですよ」と言われたと、家内は話した。




ーーー3/28−−− 品行方正の快感


 ホームセンターで資材を買った。レジには見覚えのある中年の女性が立っていた。彼女がが私のことを常連客だと認識したかどうかは分からない。それはともかく、どこの店でも、どんな相手でも、自分としては丁寧な物言い、仕草を心がけたい。

 「ポイントカードはお持ちですか?」と聞かれれば、「はい、こちらにありますので、お願いします」、「お会計は○○円になります」 と言われれば、「細かいのが無いので、すみませんがこれでよろしいでしょうか?」などとやり取りをする。相手がバーコードを探すときは、「あ、ここに付いてますよ」と言って、スキャンしやすいように差し出す。すべてが終わって、「ありがとうございました」とくれば、「お世話様でした」と会釈を返す。

 世間一般と比べると、こういうのは丁寧すぎて、ちょっと違和感を与えてしまう恐れもある。しかしこれまでのところ、相手が不快そうな様子を見せたことは無い。相手に穏やかな気持ちになって貰うことが狙いである。そして自分も気持ちがよい。品行方正の快感とも言うべきものか。

 ホームセンターから出て気が付いた。ズボンのチャックが開いたままだった。残念!





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